岡山の決勝を見て、考えました。
このレースは、その名称(Japan Le Mans Challenge)からしても、一見すると、世界的に有名な耐久レースイベントである、ル・マン24時間耐久レースに繋がるもの、ということを第一義的に打ち出しているように見えます。
実際、車両規格も基本的にはACOのものに則っていたり、シリーズの実質的な統轄団体SERO(Sports Car Endurance Race Operation)にパトリック・ピーターを招聘(※)したり、ACOから「ル・マン」の名称を使用する権利を得たりと、「ル・マン」イメージを強力に打ち出しています。(※当初、理事の一人として名前を連ねていたようですが、現在は名前が消えているようです)
しかし、実態は、SUPER GTのコンペティションがあまりにも強烈になったため、初期JGTCで見られたような「市販レーシングカーを買って出てもそれなりに勝負できる」ような状態が、事実上不可能になったことに対するカウンター勢力が起こしたカテゴリー、という見方が正解でしょう。
かつてのJGTCでは、市販のポルシェGT2などを購入し、強力なレーシングタイヤと国内サーキットに合うセッティングを足回りに施せば、それなりに勝負権が得られた時代がありました。国内メーカーの車両供給(有償・無償を問わず)なんて受けられるような立場じゃないけれども、お金ならたっぷりあるお金持ちのレース好きは、ポルシェを購入して、実績のあるガレージに預け、プロのドライバーを雇えば、日本チャンピオンになることも、実際可能だったんですね。
ところが、現在のS-GTでは、トップカテゴリーであるGT500は言うまでもなく、GT300クラスですら「買ってきたレーシングカー」では勝負どころか上位入賞すらおぼつかない状態が続いています(さすがにこれじゃまずいと思ったのか、今年は300でポルシェ救済策が採られたようですが)。
これは、参戦する立場の人以上に、レーシングカーを売る立場の人にとっては、「ハコのトップカテゴリー」S-GTにおいて自分達が売っている車は勝負に参加できない(当然、買う人がいなくなる)、という、大変おもしろくない状況だった訳ですが、自分達がレーシングカーの製造元ではない以上、売る車の性能をどうこうする訳にはいきません。
そこで発想を転換させて、
「そうだ!!自分達の売っている車でも勝負できるようなカテゴリーを作ってしまおうぜ!」
とでも考えた訳ですね、SERO、というかCOXの人たちは。
そしてタイミングよく、新カテゴリー発足と時を同じくして、JGTCは、JAFの呪縛を嫌って(そして海外進出も視野に入れて)『全日本選手権』の肩書きをいともあっさりと棄てました。
ハコレースの全日本選手権が無くなったことに注目したSEROというかCOXの人たちは、売っている車で勝負できる新シリーズに全日本選手権の肩書きをつければ、エントラントが集まる(即ち、自分達が売っているレーシングカーもよく売れる)と考えたのでしょう。そしてそこに「ル・マン」という強力なブランドイメージを乗っければ、フランス人・イギリス人の次くらいにル・マンが好きな日本人なら、放っておいてもエントラントが集まるに違いない、とか獲らぬ狸の皮算用。
もうこの時点で既に、この新しいシリーズが、実際には「参戦する側」と「車両を供給する側」だけのために創設されたものであって、観客の側を向いたものではないことが明白な訳です。
SEROがこのシリーズを立ち上げた際に出したプレスリリースには、こう記されています。
SEROが目指すところの新レースの運営コンセプトは以下の3点です。- 既存のレースファンだけでなく、新たな嗜好、年齢層のファンを創造
- サーキットの持つ可能性を増幅。『ウィークエンドはサーキットで楽しむ』というトレンドの発信
- モータースポーツ文化を育成。他ジャンル、業種、ブランド等とのコラボレーションの推進
2006年開催 新レースシリーズ発表
地元・山口を中心としたサーキット利用者や観戦者に対して何の説明も釈明もなく、騙し討ち的にMINEサーキットを閉鎖しておいて涼しい顔をしている輩が、よくまぁ恥ずかしげも無く「『ウィークエンドはサーキットで楽しむ』というトレンドの発信」などと言えるもので、何を言おうが、彼の過去(それも遠い過去ではなくつい昨年)の行状が、全てを物語っている訳ですが。
もっと言うと、過去の行状のことを考えると、
「参戦する側」の方すら向いていない、実に「車両を供給する側」だけのためのシリーズだった、と言っても過言ではないですね。
『とりあえずモータースポーツ』のエントリ
「全日本スポーツカー耐久選手権の可能性」へのコメントでは、このカテゴリーを(一部条件付きのものも含め)褒め称えている人が散見されますが、それを読むと、まったく「既存のレースファン」だけにしかアピールしていないのが明確に見て取れます。それも、既存のファンの中でもかなり
コアなファンだけですね(またこの言葉を使ってしまいました)。
◆なんのための全日本選手権、なんのためのACOのお墨付き
思惑通り、全日本選手権の肩書きも手に入れました。ル・マンの名を使うことについてもACOからお墨付きを得ましたが、実際にシリーズ開幕直前になっても、エントラントが集まりません。
特に、SEROというかCOXが、それまでのコネクションを駆使して中古車両の手配までしてエントラントを集めたかったプロトタイプレーシングカー、LMP-1やLMP-2に関しては、一ツ山レーシングがザイテックを一台エントリーさせることを明言した他は、誰も名乗りを挙げませんでした。
COXにとっての主力商品であるポルシェが活躍するLMGT2クラスを見ると、建築足場屋さんの信和サービス社長青山 光司さんが友人のミュージシャン河村隆一さんを顔役に仕立ててチームを立ち上げ、S-GTのGT300クラス最強ドライバーコンビ新田守男・高木真一を使い、かつてチーム郷がル・マンで走らせた996RSRを入手して走らせるというのは、おそらくこのシリーズ最大の話題でした(ポイントは「河村隆一」ですよもちろん)が、それ以外は強力なエントラントは集まらず。
シリーズ立ち上げ時点で、外野からみて参戦確実であろうと思われたチーム郷は、マセラティMC12でS-GTへの参戦が決定(その後S-GT開幕を待たずして、車両に戦闘力がないことを理由に撤退)。また、「市販車買ってレースに出よう」の代表格であるタイサンの千葉さんは、メインターゲットがル・マンであることから、こちらに参戦確実か、と思われたのに、これもS-GTへ(S-GTのいくつかのラウンドに、あろうことかル・マンのテストを兼ねて参戦)。
他にも、現在の日本で最もル・マンと密接に関っているともいえる童夢は、最初からこのカテゴリーの本質を見抜いていたようで参戦する気は欠片も無さそうでしたし、日本でル・マンと言えば寺田さんですが、その寺田さん絡みのエントリーもありません。
エントラントが集まらないことに焦りを感じたSEROというかCOXは、やむを得ず国内で走っているスポーツプロトタイプ車両、即ち鈴鹿クラブマンレースなどを走るRSクラスと、富士スピードウェイのローカルカテゴリーであるGC21という、フルカウルのレーシングカーである以外LMPとは何の共通点もない規格の車両を「JAFが特に認めた車両」、即ち『特認』として引っ張り出すことにしました。
RSやGC21のエントラント達にとっては、シリーズを転戦する費用や、車両を耐久仕様にするコストが掛かるものの、元々小金を持った人の趣味的なローカルカテゴリーのために用意した車両で『全日本選手権』、すなわち日本チャンピオンになれるチャンスが思いもかけず訪れた訳ですから、正に瓢箪から駒、だったと思われます。これでそれなりにグリッドを埋めるだけの台数を確保し、最終戦はプロトタイプとGTを合わせると20台というエントリーを集めましたが・・・
残念なのは、RSもGC21も、このカテゴリーの名目上の売りである「ル・マン24時間」とは何の関りもないし、それらの車両を使ってエントリーしてきたエントラント達も、ル・マン参戦なんて意図はない、という点。そして、このカテゴリーの真の目的、即ちCOXスピードの売上げにも、これらのローカルなプロトタイプ車両は何ら寄与しないという皮肉。
状況はGTもほぼ同じで、実際にル・マン出場との関連で参戦しているのはJLOCのムルシくらいしかおらず、台数が増えたと思って見ると、実態はRX-7(あな懐かしやFC3S)とかRX-8(マツダ車が増えたのはやっぱり岡山ラウンドならではでしょうか)。
◆今後の可能性は
皮肉なことに、開催初年度の今年、シリーズを制したのはオスカーのRS車両を使用した、純プライベーターでした。
彼らはル・マンへの挑戦など露ほども考えてはおらず、さらには外国産レーシングカー使っている訳でもない、という、シリーズにとってもCOXスピードにとっても全くありがたくないチームでした。
今後、シリーズの盛り上げを考えると、
- トップカテゴリーといえるLMP1クラスのエントラント
- 実際にル・マン本戦へ参戦を考えているプロのチーム(今年で言うとJLOCのムルシとか無限のクラージュですね)、サンデーレーサーのホビーレベルではないところ
この二つがどれだけ増えるのかが鍵でしょう。
本来S-GTではなくこちらへの参戦を期待したかった郷さんが年初のインタビューで語っていたように、年間三戦(来年は四戦)戦闘力のある車両を走らせようとすると、それなりの費用が掛かりますが、スポンサーにとっての費用対効果を考えると、このシリーズの状況では、前者が劇的に増えることは難しいと思われます。
後者はどうかというと、童夢のサイトの鈴木レポートにもあるとおり、現段階で本家ACOの車両規格そのものがあまりにも流動的過ぎることがまずネックでしょう。
とはいえ、この過渡期こそがプライベートチームにとってはチャンスでもあります。
ワークス勢は、今年、アウディは新車R10を投入しましたが、ある程度ディーゼルエンジンにとって有利だった今年の規定の下で行なわれた今年のレースで、トラブルさえなければR10の1-2フィニッシュすら有り得たアウディの強さにより、来年はディーゼルへの締め付けがきつくなるといわれています。また一方来年はプジョーが新車を投入しますが、こちらはブランクも長い上に新たな屋根付レギュレーションに沿った最初のプロトタイプ。
そう考えると非ワークスのプライベートチームが勝利を得るのは困難としても、今年のペスカロロのように、ワークスに一泡吹かせるくらいのチャンスはまだ十分残っているようです。
となると、ル・マン24時間耐久レースに本気で参戦を考えている国内プライベートチームにとって、国内で、同じ車両規格を使って本格的耐久レースという名目のテストが行なえる訳ですから、むしろここに活路を見出すのが短期的には得策なんではないかと思われますね。
広島の地で暮らす自分にとって、渦尻はいつまでたっても気に喰わない奴ではありますが、同時にル・マンが好きで、その空気を国内で感じさせてくれる可能性を秘めているこのシリーズそのものは、なんとかきっちり形を整えて、存続していってもらいたいものです。