|
2009年 10月 24日
そもそも、発端は日本自動車レース工業会(Japan Motor-Racing Industry Association;以下JMIA)が発表した以下のニュースでした。
(JMIA公式サイト)
(AUTO SPORT web 内 ASまったり通信)
(童夢公式サイト)
これに対するASwebの反論記事は、 (AUTO SPORT web 内 ASまったり通信) 当blog管理人である私は、これを読んで大きく失望しました。 ご指摘のとおり私自身が、かつて資金力のないアマチュアレーサーであったのでその視点から外れられないのは認めます これが、自動車レース専門誌のスタッフが、その専門誌の公式webサイトで、記名記事として書かれたものでなければ、なんということはないんですよ。 でも、自分自身、いったいこの雑誌をどれだけ買ってきたかわからないくらい長年購読してきた者として、このジャーナリズムの放棄とも受け取れる物言いには、大きく失望させられました。 正直、F4がどうとか、どうでもいいんです。 ただ、Racing On誌も既に亡き今、国内レース界でトーチュウと並ぶ数少ないジャーナリズムとしてのAS誌に、自分からその立場を放棄するようなことを言われた、購読者の身にもなっていただきたい。
(童夢公式サイト) (あ)の主張を要約すると、「中古だらけで安くできるレースをかき回すな」、「こんなレースでも勝ったらただでステップアップさせろ」という、はなはだ身勝手な話に聞こえるが、最も重要な、そのステップアップに要する原資の捻出方法に言及されていないから不明ながら、FCJもF3もFNも、すべて自動車メーカーにおんぶに抱っこで成り立っている現実くらいは理解しているんだろ? 後段の、林みのるらしい毒の効いたレトリックに幻惑されがちだが、ここにおいて林みのるは、「妾連中」をやり玉に挙げているようにも見えるが、実際は、この「妾システム」とも言うべき、大手自動車メーカーへの依存体質を、ごく当たり前のこととして話を進めている「(あ)」こと有冨誠一郎を叩いてるんですね。 (AUTO SPORT web 内 ASまったり通信) あくまで想定ユーザーがドライバーであるという前提に立って、来季F4に参加する場合の不安や不明点を挙げているに過ぎません。 ■Oct.22.2009 失礼いたしました、お客様 (童夢公式サイト)
(AUTO SPORT web 内 ASまったり通信) 貧乏ドライバーの立場での記事しか書いてこなかったことについて、 これだけ小さい国内自動車レースの世界の中でジャーナリズムが成立するとは思いませんし、私を含む編集部員は編集者として必要に応じて取材をしているだけです。 と言い訳しています。
2009年 01月 30日
食うための仕事が忙しいため、2ちゃんもblog更新もご無沙汰な今日この頃。久々に2ちゃんを覗いてみたら、本山選手がフォーミュラ・ニッポンの今シーズン参戦に関して微妙なことを言っているとの情報が・・・。
これか。 (motoyama.net) 考えてみれば、同世代と言われていた道上龍、脇阪寿一、高木虎之介らは、すでにフォーミュラから退いています。現役バリバリの最強王者と思っていた本山も、既にベテランの域な訳で、彼自身が 僕のポジション、環境などを考えると日本のモータースポーツの中ではもっと違う役割があるのではないかとこれから先に向けていろいろ検討中であります。 と考えてしまうのも無理はないのかな。 チーム・ルマンは、本山が走ると言えばある程度の体制は整えるんだろうと思います。昨年の状況を見ても、近年弱体化が著しい「元・名門」としては、立て直しのために本山と契約した、という印象があるのと、その「立て直し」が昨年一年間で完了したとはとても思えないのと、まぁそういった状況からの推測ですが。 ただ、本山が望む、勝てる体制が準備できるのか、というと、微妙なんでしょう。 2004年に本山が海外進出を狙いながら叶わず、結果的に国内に留まることを選択した時は、5ZIGENからのFN参戦でした。当時本山は、敢えて退路を断つ意味で、国内有力チームとの話を一切絶って海外への転身を試みていたため、結果シートが5ZIGENしか残っていなかった訳で、ルマンと組んだ今回とは微妙に状況が異なります。 あの時は、5ZIGENそのものがFNからの撤退を考えていたのが、本山が乗るなら、ということで、一転して参戦継続を決めたとの話もありました。つまり、乗るチームがないドライバーと、乗せるドライバーがいないチームの両者があって、そこに、5ZIGEN木下社長とトップドライバー本山哲の、双方が相手のことを想う、二人の男気が作用した結果、数年間勝ちがなかったようなチームが遂には一勝を挙げるに至ったという図式に、観る側も感動を覚えた訳です。 まぁ、今のルマンと当時の5ZIGENなんて、似たようなレベルじゃん、という気もしないでもないですが、それでもやはり古豪・名門と言われるルマンと、現役最強と呼んでも差し支えない本山哲。かつてこの二者が組んだ時は、圧倒的な強さでチャンピオンを勝ち取った実績があるだけに、昨年の体たらくをもってすれば、王者をして「走らないという選択肢も・・・」という方向に考えを向かわせてしまうのも無理はないのかなと。 しかしなぁ。 それじゃいかんだろ。 特に松田ツギヲとか小暮とか、まさに旬のドライバー諸君は。 確かに、2007年は小暮選手の圧倒的な速さと松田選手のしぶとさが印象に残ったし、2008年は一転して松田選手の強さ・速さが際立ってはいましたよ。 何度かこのblogでも書いたけれど、星野世代というか、星野一義ひとりといってもいいか。とにかく、元祖日本一速い男である星野一義の次に続く新世代である、服部尚貴・黒澤琢弥・影山正彦の三人(バブル期にF3~F3000に乗っていた彼らを「バブル世代」とでも呼ぶか)は、シングルシーターでは結局星野という壁を「越える」ことは叶わず、むしろ日本人ドライバーで印象深い「星野越え」をやったのは、そのさらに下の高木虎之介だった、という、バブル世代というより国内レース界にとっての悲劇というか空洞化というか。 このまま本山を完膚なきまでに叩き潰さなかったら、ツギヲや小暮は、彼らバブル世代の轍を踏むことになりかねません。ただでさえ、昨年の活躍が記憶に新しい平手や伊沢に加え、今年は欧州帰りのヒーちゃんや大嶋和也、さらに「2008年マカオの覇者」という勲章を引っさげて国本京佑が参戦してくるんだから。 そんな訳で、本山選手には、少なくとも小暮やツギヲ、でなければ平手や伊沢たちに完膚なきまでに打ち負かされるまでは、なんとしてもこのままフェードアウトせず、ちゃんとした体制で参戦を続けてもらいたいものです。それこそが、長期に亘り頂点に居続ける今のあなたのポジションを踏まえた、日本のレース界で演ずるべき、あなたの役割です。 Tags:フォーミュラニッポン 本山哲 2008年 12月 08日
(respect bogusnews) かねてより、SUPER GTのGT500クラスに参戦するホンダ陣営と日産陣営が、2009年より施行される予定の新たなGT500の車両規定に準拠したシャーシやエンジンを用意できない、とされていた件で、一転、完全に規定に準拠したレーシングカーを2009年の開幕までに準備できるようになったことが判明した。 詳細は2009年1月9日から千葉県の幕張メッセで開催される、『TOKYO AUTO SALON 2009 with NAPAC』にて正式発表の際に明らかにされるとのことであるが、複数の情報筋によれば、水面下での調整は既に秋のオートポリス戦の頃から行われており、過日行われたニスモ・フェスティバルとホンダ・モータースポーツ・サンクス・フェアでそれぞれ発表される予定だったものが、諸々の調整がずれ込み、年明けの発表になったとのこと。 そもそも2009年のGT500クラスは、かねてよりトヨタ・日産・ホンダの参戦メーカー三社とGTA、JAFら関係機関の協議により決定済みの車両規定に基づき準備される車両、所謂「09車両」によるレースが行われる筈であった。「09車両」の概要は、
といったもので、これによって安全性の確保と車両制作・開発のコストダウンを図る、という目的があった。 ところが、実際に蓋を開けてみれば、2008年中にエンジン・車体ともに「09車両」を開発完了したのはトヨタ陣営のみで、日産陣営・ホンダ陣営は2009年の開幕戦までに「09車両」が準備できないことを、既に今年8月の鈴鹿1000kmレースの時点で表明していた。 ホンダ陣営は、09年の規定に基づくエンジンに関しては、トヨタとともにフォーミュラ・ニッポンへのエンジン供給を行なっていることから、開発そのものは完了していると思われるものの、そのエンジンを載せる車体の開発が進んでいないもの。また、日産陣営は逆に、2008年にGT500クラスで走らせているGT-Rの車体が2009年の規定を先取りしたものであることから、車体はそのまま「09車両」として流用が利くものの、それに載せるエンジンの開発が進んでいないものである。 ところが、ホンダ、日産の両陣営とも、なんとか2009年中に「09車両」を投入すべく開発を進めていた矢先に、先ごろのリーマンショックに端を発する世界的な不況である。メーカー三社とも大幅な減収・減益により、新しいレーシングカーの開発を継続する余裕などなくなってしまい、結果としてリーマンショック以前に「09車両」を完成させていたトヨタ陣営以外は、「09車両」の開発そのものが中止を余儀なくされ、このままでは2009年のSUPER GT開幕戦でグリッドに並ぶGT500車両はレクサスSC430数台のみ、という、まるで1998年の全日本ツーリングカー選手権(JTCC)の再来のような危機的状況に陥ることが危惧されていた。 そんな中、日産、ホンダの両陣営の複数の社内筋からの情報によると、三社の合意により定められた規定を遵守しつつ、エントラント数の減少も最小限に抑え、SUPER GTのコンペティションレベルを保つために、衝撃的とも言えるプランが進行しているという。 なおシーズン開幕後については、暫定ではあるが、車両の開発はGT-Rの開発を行なってきたニスモが、エンジンの開発は栃木研究所が引き続き行なうとのことで、これによりNSX GTの開発を参戦当初より継続して行なってきた株式会社童夢(本社:滋賀県米原市)は、その役目を終えることとなる。 ニスモ私設応援団 代表 煮相撲氏のコメント
株式会社童夢 代表取締役社長 林みのる氏のコメント トヨタ自動車株式会社 専務取締役 山科忠氏のコメント
2008年 11月 27日
・・・あのシルエットは、明らかにオープントップだろ・・・
散々期待させておいて、「あの車」とはニュル24時間仕様のLF-AとTS-020でしたとさ。 まぁ、TS-020は好きなレーシングカーではありますが。これも世界同時金融恐慌の影響でしょうか。トヨタのル・マン復帰は当分お預けということでしょう。 せっかくACOが2009年規定の中に、わざわざP1クラス用のエネルギー回収システムに関する記述を盛り込んだってぇのに。 このままだと、「初のハイブリッドレーシングカーによるル・マン決勝出走」の記録(*1)は、プジョーに持っていかれてしまいますね。。。
2008年 11月 23日
何が出るかな?TMSFさて、11月23日。今日は富士スピードウェイで、注目のTOYOTA MOTOR SPORTS FESTIVALが開催される日です。 ![]() 何が注目かって、ヤルノ・トゥルーリが来るとかでは決してなくて、登場するクルマですね。公式サイトには 「あっ!!と驚くクルマも登場!?」 なんて書いて、いかにも・・・な感じのシルエットが描かれていたりしますし。これだけ煽っておいて、実はそのクルマとは、09モデルのSC430ですた、とか、あのシルエットは3S-G搭載のGC21ですた、とかいうのはなしですぜトヨタさん。 ![]() 2年ほど前から、2ちゃんねるのモータースポーツ板の中で、主にル・マン24時間耐久レースやプロトタイプレーシングカー関連、および童夢のスレッドなどで、トヨタと童夢のジョイント(復縁?)についての書き込みが散見されるようになりました。 当初は、80年代のグループCカーによるスポーツカーレース天国時代が忘れられない旧世代のレースファンによる妄想書き込みか、程度に思っていたんですが、昨年、童夢のS102の概要が発表され、同時に昨年仕様のS101.5にS102のシステムを組み込んで開発テストが行われるようになった辺りから、その書き込みが妙にリアルに感じられるようになります。 そして、件の書き込みは、どんどんとより具体的で信憑性の高いものになっていきます。曰く、
まぁ、報じただけでも良しとすべきなのかもしれませんがね、この一文、何の記事に添えられているかというってえと、なんと、F1の記事なんですね。F1エンジンのワンメイク化に関し、フェラーリとトヨタがF1からの撤退をほのめかしている、とかいう記事。その中で、トヨタTMGがF1に代わってル・マンへの復帰を画策しているのでは?というようなことが書かれており、S102の小さな写真の下に添えられたキャンプションに書かれているだけという。 話が逸れました。このオートスポーツ誌の一文によって、一連の書き込みは、妄想でも何でもないことになりました。そして、件の書き込みによれば、今回のTMSFでは、ハイブリッドシステムを組み込んだS101.5が披露されるんだとか。さて真実はいかに? 本当ならば、さしずめS101.5-HVRとも呼ぶべき車体が、今日、富士スピードウェイでお目見えすることになります。 80年代以来となる、童夢とトヨタのジョイントが実現するのか? そしてその組み合わせで、ル・マン24時間耐久レースに出場するのか? もしそうなれば、地上波の復(ry
2008年 11月 17日
と、いうことで、京佑タソの写真を引っ張りだしてきますた。以下のリンクよりどうぞ。
(おいらのサイト)←あ、そうそう、FC2に引っ越しますた 正直、お坊ちゃん育ちが、あのマカオでいきなり勝っちゃうとは思ってもみませんでした。たぶん、誰も想像してなかったでしょう。 勿論、トヨタの次世代F3エンジンである1AZ-FEが、いささか古びてきた感が強いメルセデスや、新進のフォルクスワーゲンといった欧州勢が使うエンジンより強力であることは言うまでもないでしょう。が、強い道具を手に入れるのも、そのドライバーの実力があってこそ。特に、同じ道具、同じエンジニアで戦って、国内戦では大きく負け越していたガンダムに勝ったことは評価できるでしょう。 しっかし、このヵヮィィさは異常だ・・・ 2008年 11月 17日
( ゚∀゚)o彡°ケースケ!ケースケ!!! ◆第55回マカオグランプリ 決勝レースレポート キタ━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━!!!! 正直、大嶋、ヒヒ、泣き虫、オリバー、明日マー、ストレイトと役者が揃っていた昨年のシーズンに比べると、今シーズンはずいぶん小粒な香具師らばかりで・・・と思っていたんですが。実際、国内勢は優勝請負人ガンダムに叩きのめされたシーズンと言えなくもなかった訳で(第三のTOM'sドライバーとも言うべきパンスト井口の開幕三連勝には驚かされましたが)。 ![]()
2008年 11月 11日
2009年、オールニューのフォーミュラ・ニッポンすでに今年のシーズンが終了したフォーミュラ・ニッポンですが、実は今年は、現行シャーシであるローラFN06と、現行エンジンであるトヨタRV8J、ホンダHF386Eというハードウェアを使う最終年度でした。来年からはシャーシ、エンジンともに新規定の下で作り直され、オールニューのフォーミュラ・ニッポンがスタートします。自由競争から弱者淘汰へ思い起こせば「全日本選手権フォーミュラ・ニッポン」は、旧・全日本F3000選手権の、選手権名だけが変更されるような形で1996年にスタート。実際、ハードウェアの面では、1996年に使用されていたシャーシは前年までの全日本F3000選手権で使われていたレイナード製、ローラ製、そして童夢製の車両をそのまま使っているチームが大半でした。同じ1996年、同様にF3000規定で行われていた国際F3000選手権では、参戦費用の高騰を避けるため、入札を経てローラ社によるシャーシのワンメイク供給が開始されており、日本ではどうなるのか注目されていましたが、JRP(*1)はワンメイクの途を選ばず、コストの低減よりも複数の製造者によるハードウェアの競争という途を選択した訳です。 程なくして童夢社が製造者としてもチームとしても選手権から撤退。その後、1999年にはレイナード社、ローラ社ともに新型車両をリリースするも、シーズンが始まると両社(両車?)の戦闘力に大きな差があることが判明し、インパルやARTAなど、当初ローラのユーザーチームだったところも次第にレイナードに乗り換え、事実上2000年には、Gフォース(*2)を意地になって使い続けていたノバ・エンジニアリング以外は、シャーシはレイナードxxL(xxには99、2K、01などの年号が入る)、エンジンは無限MF308の、それぞれ事実上のワンメイクと化していました。 ちなみに、この時のローラ、レイナードの両社(両車)の性能差は、両社の技術力の差という訳ではなく、当時、ローラ社は既に独占供給をしていた国際F3000選手権用に開発・製造していたシャーシに若干日本向けの手直しをしたモノを日本へ供給していたのに対し、一方のレイナード社は、当時はF3000規定に基づいた車両を他のシリーズに供給していなかったため、フォーミュラ・ニッポン専用シャーシの開発ができたことから生じたもの、と思われます。そもそも国際F3000は、コストの低減を旨としてローラ社一社独占供給体制を採っていた訳で、ローラ社としても、国際F3000向けには、絶対的な性能追及よりも、コストの低減や安全性の確保などを優先した車両開発をしていたであろうことから、その改良版を持ってきたところで、日本のサーキットに特化した開発を進めてきたレイナード社のシャーシには敵うべくもなかった訳です。 レイナードの倒産とシリーズコンセプトの変更さて、そんなフォーミュラ・ニッポンのシャーシに関しての最大の転機は、2002年のレイナード社の倒産でしょう。前述のとおり、性能的な問題から、ローラ社やGフォース社といった他のコンストラクターを駆逐し、シャーシに関しては事実上レイナード社のワンメイク状態(*3)とでも言うべき状態だったのが、同社の倒産によって、パーツ供給やモノコック新造が困難になることを憂慮したJRPが、当時国際F3000で独占供給を行っていたローラ社に車両の供給を委託しました。これによって、フォーミュラ・ニッポンは事実上、国際F3000と同じシャーシを使うことになった訳ですが、実はこの出来事は、先に書いたように「フォーミュラ・ニッポンのシャーシに関する最大の転機」であるとともに、いや、それ以上に、「フォーミュラ・ニッポンのコンセプトそのものに関する最大の転機」でもあったのですね、今にして思えば。 前述の通り、フォーミュラ・ニッポン開催初年の1996年には、既に当時の国際F3000のシャーシは、入札によりローラ社の一社独占供給体制を敷いていた訳ですが、同じF3000規定に準拠したフォーミュラ・ニッポンは、敢えて複数の製造者による自由競争を堅持していました。これは、まだ当時のJRPがフォーミュラ・ニッポンというレースのセールスポイントを、『クルマ』というハードウェアの競争としての部分に重きを置いていたということの表れでしょう。 仮定の話として、もし二大供給元であるローラ社とレイナード社の間で競争原理が作用し、性能が均衡した状況であれば、それはそれでよかったのかもしれません。実際、全日本F3000時代の末期には、 (この項続く)
2008年 11月 11日
ここのところ、実生活でいろいろ忙しくて、なかなかblogが更新できない日々でした。
ま、今も忙しいんだけど。 blogの更新ができないだけならまだしも、今年後半は全然レースを見に行けていない。ま、そういう状況なんで、なかなかこのblogに書くこともなかったというか。 そんなわけで、自分の生活基盤を確認するためにもw、テレビ観戦でもいいぢゃないか、雑誌情報から思ったことを書いてもいいぢゃないか、ということで、 このblog再開します。 2008年 08月 22日
■ついに完成! 初音ミクレースカー!
(ASCII.jp) ■STGT痛車チーム広報課 ☆ 初音ミク× BMW ☆ ■STGT公式応援サイト ■アサダレーシング さて、賛否両論喧々諤々の、話題の痛車レーシングカーですが、私自身、様々なジャンルにおけるヲタでもあり、ニコ動大好きでもあり、初音ミクという媒介がCGMにもたらした貢献度の大きさをリアルタイムで見て実感してきた一人として、この試みには大賛成です。 CGM、Consumer Generated Media という「状況」に対して、ミクというキャラとそれを生み出したクリプトン・フューチャー・メディアが果たした役割は大変大きいものがあると思います。 また、ミクの歌によるオリジナル楽曲 同じZ4でも、S耐で走っているのと比べると、S耐が白ベースでGTが黒ベースだからか、随分GT車両のほうが引き締まって見えます。これを撮りに行けない(そう、今年は私は鈴鹿1000kmを見にいけません・・・)状況が恨めしいことこの上ありませんね。
< 前のページ 次のページ >
|
カテゴリ
タグ
GT300
国本京佑
フォーミュラニッポン
渦尻栄治
松田次生
ARTA
ル・マン24時間耐久
F1
全日本F3
ブノワ・トレルイエ
岡山国際サーキット
童夢
INDYCAR
アウディR10 TDI
プジョー908 HDi FAP
鈴鹿サーキット
ストリーミング中継
SUPER GT
富士スピードウェイ
ダニカ・パトリック
最新のコメント
リンク
このBlogの管理人のサイト MotorsportsFlashback 弐 W-ZERO3 応援団。 Europe Formula3 Guide B米さんの欧州中間フォーミュラ 特化サイト 外部BLOG LINK
管理人はスバリストです ![]() ![]() テクノラティプロフィール ![]() 最新のトラックバック
エキサイトブログ
英国写真とF1
Blog Epsilon モータースポーツ大好き 編集サヴマトンカラー 猫と提琴弾き 光と遊ぶ Asturias 英国レースチーム・マネー.. Cafe&Bar @nima apr blog 東京芸術見本市 Tok.. THE MUSIC PL.. バイオニック日記 勝井祐二の旅日記? 検索
ネームカード
以前の記事
2009年 10月
2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 2004年 04月 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル株式会社 取締役社長 眞田 裕一氏のコメント

話が逸れました。






